あつめつづけたがらくたたち


by umit20070209
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LOT No.0057 高校3年次成績表

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でもって3年生時代。
予定どおり「私立文系」に進み、学生生活12年目にして数学からようやく開放。
エネルギーの注ぎ先が絞られたせいか、全体に成績がアップ。少しだけど。
現国と日本史は、テストの点数を見るのが楽しみでした。
化け学はどうせ受験に関係ないからまるでやる気なし、
古文は数学的な暗号解読みたいで大嫌いだった。
「評定平均」ってコトバ、懐かしいなあ。
3年次の担任とは相性良くも悪くもなし。
向こうも関心が薄かったらしく、通信欄のそっけなさが物語っている。
ん?2学期の「最期の頑張り」って死んじゃうのかよっ!って今気づいた。
図書委員の記憶全くなし。副総代なんてやったかなぁ。
ちなみに中学3年生の時、クラス委員長にあたる「代議員」や
生徒会長の選挙管理委員長を務めたことも。
人望や話をまとめる能力がまるでないくせに、
そういうかっこよさげな肩書きを持つのが好きだった。恥ずかしい。
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英語ⅡCって何だっけかな。いやBも。
たぶん、文法の授業だったのかな。
これも暗号解読みたいでやだったのだろう。たぶん。
美術部部長のくせにあえて書道を選択したところを見ると、
入学時に秘めていた情熱は完全に冷め切っていたとみえます。
出席率は3年次もかなり高し。3年間で2日しか休んでないぞ俺。
そんなに学校が好きだったかなあ。
まあ、大した悩みも励みもなく、目立つこともせず、
浮き足立ったこともせず、ただ無難に過ごした結果ではないかと。

大学受験では数打ちゃ当たるで5校受けた。
このうち合格したのが第2希望と補欠の第4希望。
最初に受けた第5希望の大学から不合格通知が来たときは凹んだなあ。
慣らし受験みたいなつもりでかなり偏差値の低いところをあえて受け、
当日の手ごたえもばっちり。受かっても入学しないだろうなとか
調子こいてただけに、失意の深さは相当なものだった。
第5希望に落ちたんだからそれよりレベルの高いところに
受かるはずないとかなり落ち込んだ。
実際、浪人を覚悟し、予備校のパンフを入手したり。
そんな末での第2希望合格。そりゃあうれしゅうございました。

とはいえ受験勉強は真剣さがかなり欠けていたのが事実。
推薦入学や就職が決まっていた同級生達と連日呑気に草野球してたし。
徹夜勉強するために帰宅後すぐ寝て夕食食べてまた寝て
そのまま朝までぐっすりのパターンもかなりありました。
まあ20年近く経った今でも睡眠至上主義だけど。

とにもかくにもよく合格したもんだ。
正直手応えはまるでなかったし、
マークシート問題の何割かは確実に当てずっぽうだった。
よほど運がよかったとしか思えないが、運も実力の内とポジティブシンキングし、
合格通知受け取り後は速攻で入学手続きしてもらいました。

その後は卒業まで勉強なんてもちろん一切しないし、
遊び回るわ、だらだらするわ、寝まくるわの放蕩三昧。
そんなある日、当時同居していた6歳年上の姉から、
「アンタはものすごく運がよくて受かっただけ。いつか大きなしっぺ返しを喰うよ」
と真顔で諭されたことを思い出す。

戻れるのなら戻りたいかと聞かれたら、
別に、戻りたくないという感じの高校3年間。
あ、ただ、学食のカレーとカツ丼はぜひもう一度食べたい。
あと、アンバターパンとブリックパックのコーヒー。は今もあるか。
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by umit20070209 | 2008-04-13 23:36 | お宝