あつめつづけたがらくたたち


by umit20070209
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カテゴリ:お宝( 40 )

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最近はすっかり下火になったボトルキャップ・コレクション。
500mlペットボトル飲料の普及とともに一時期かなり流行った。
スーパーカー消しゴムに始まり、キン消し、缶バッヂ、ヒーローカードなど
手のひらサイズの低単価蒐集系アイテムなら一通り&一度ずつ
ハマった経験を持つ私としては、当然のごとく熱中して集めた。

しかし。
年齢を重ねるごとにこうしたものにハマる期間が短くなり、
最近はまったく集めなくなった。
あらためて理由を考えてみれば、
(いい大人になったというのが一番に来るとして)
どうせ本気のコレクター達には適わない、
ネットやショップで取引されているのでお金さえかければ
労力をかけずとも集められる、という点が気に食わないからだと思う。
一時期本気になって集めたチョコエッグの食玩も、
現在は三毛猫一つを除き、みんなフリーマーケットで売ってしまった。

なのになぜこの4体に限り、お宝として手元に残しているのかと言えば
一つは映画「スターウォーズ」に思い入れがあるから。
原作の小説を読むほどではないにせよ、
6つのエピソードはそれぞれ複数回観ているし、
数年前に上野の森で開催された「スターウォーズ・アート展」も観にいった。
土産コーナーで展示販売されていたライトセーバーの精巧なレプリカを
買うかどうかで小一時間迷った。5万円くらい。買わなかったけど。
ただ、今年幕張で行われたSWイベントは、
あまりに商売っ気が強すぎるように感じて、あえて行かなかった。
(高額チケットを買えば出演俳優と記念撮影ができるとか)

もう一つの理由は、非売品のレアモノが運良く入手できたから。
応募して当たったのが写真左端のヨーダ(大)。
ヨーダが特に好きっていうわけじゃないんだけれでも、
たまたま2種類のヨーダを入手していて、
じゃあせっかくだからコンプリートしようかと選んだのに過ぎなかった。
当選品が届き、3体を並べてみたものの何かパッとしない。
わざわざ飾る感じでもないし。金色じゃない時代のC3POを
加えてみたら何となくサマになるような気がして4体を保存することにした。
今回撮影のために久々に並べてみたが…うーんどうだろう。
まぁ低単価蒐集系アイテムとしてはおそらく最後であろうことを記念する意味で
今後も「お宝箱」に入れ続けておこうと思う。

ちなみにSWを劇場公開時に観たのはエピソード6から1,2,3。
一人で映画館に行ったので、たぶん高校生の時かと。
終了後、映画館を出る直前に尻ポケットに財布がないことに気づき、
慌てて席に戻り、無事見つかって安堵したことを思い出す。
映画の内容よりそっちのほうがよほど強く印象に残っている。
正直言うと、そのときはエピソード4と5を観ていなかったから
ストーリーがなんだかよくわからなかった。それでよく観にいったな俺。

結局その財布はしばらくしてゲームセンターに置き忘れて紛失した。

さらに蛇足ながら、前述の幕張イベントの模様を伝えるテレビ番組を見ていたら
ものすごく太った陽気なただのおっさんになっていた
ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)が出てきてびっくり。
「T・O・K・I・O」唄ってた頃のジュリーと現在の沢田研二くらいの差でした。

さらにさらに蛇足ながら、同じ番組中に、ダースベイダーの声優が、
映画「フィールド・オブ・ドリームス」に登場した
テレンス・マン(小説家の黒人初老男)役の俳優と
同じだったことを知り、再びびっくり。
あぁそういやぁたしかに同じ声だ~っと一人かなり興奮しました。
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by umit20070209 | 2008-09-21 23:17 | お宝
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キーホルダーは蒐集品の定番中の定番。のような気がする。
ご他聞に漏れず、一時期積極的に集めていた。
もらったり買ったりするごとに
ナビスコチップスターの円筒パッケージ缶の中に入れ、
時折机の上に並べて一人悦に入っていた記憶がある。
小学生中学年がピークで中学に上がるとぱったりやめた。

よくよく考えてみれば、いくらたくさん持っていても、
当時は自転車のキーにつけるくらいしか実用性がない。
しかも一個あたりの値段も子どもにしては結構高価。
年齢が上がるにつれ、他に必要なもの欲しいものがどんどん増えたし、
世の中がだんだん見えるようになってきて、
自分のコレクションなど全然しょぼいものだということも分かりトーンダウン。
気がつけばナビスコチップスターの缶は机か箪笥の奥底に沈んでいた。

大学進学で実家を離れ、卒業して就職し、結婚してしばらく経ったころ、
このブログで紹介する他の「お宝」の入った大きなダンボールの中に
懐かしいナビスコチップスター缶を発見した。
持ち前の整理癖が出て、4分の3くらいに見切りをつけ、
フリーマーケットで1個10円で売ってしまった。
客観的にそのくらいの価値しかないはずだが、
いざなくなってみると、ちょっと惜しかったなとか思ったりして。

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上の麻雀牌はかなりポピュラーだったタイプ。
周りの大人が持っていたのを見たことがある人は結構多いはず。
当時はもちろん麻雀が何かなど知らなかったが、
大きさとフォルムが何となく気に入っていた。
大学時代に麻雀を覚え、初めて「チーマン」と読むのだと知った。
これを見ると、同級生と徹夜で卓を囲んだ末に大負けし、
寝不足のだるい身体を引きずりながらアルバイト先に向かう途中、
「今日の稼ぎ分を全部アイツに持っていかれたんだ…」と
心を沈ませていたことを思い出す。麻雀のばか。

左のプレート型は、地元の結構大規模なお祭りの
イベント広場で行われたゲームに参加してゲットしたもの。
ミニSLに友達二人だけで乗車して、ブレーキとアクセルを操作し、
1周をちょうど1分でまわって来られたらもらえる賞品だった。
今考えるとかなり大胆なゲームだなぁ。
ゴールしたとき、係員のお兄さん二人が顔を見合わせて
「どうする?」とつぶやいていたのを覚えている。
たぶん1、2秒の誤差があったのだろうが、
まあいいかという感じでキーホルダーをくれた。
嬉しかったなあ。一緒にチャレンジしたクラスメイトのA田くん、
その1年後くらいに大ケンカして絶交しちゃって以来そのままだけど元気かな。

右のメダルは、小学6年生の修学旅行先の東京タワーで購入。
重厚なデザインが気に入ったんだと思う。
今あらためて観察し、「TOKYO MERIDIAN」って何なのか
調べてみたら、MERIDIANには下記の意味がある模様。
1.子午線{しごせん}、経線{けいせん}
2.〔太陽{たいよう}の〕最高点{さいこう てん}
3.〔繁栄などの〕頂点{ちょうてん}、全盛期{ぜんせいき}
4.《針療法》経絡{けいらく}
分かるような分からないような。まあ「東京標準時間」みたいなニュアンスかなと。
するってぇと、「パシフィックメリディアンホテル」は
もしかして「太平洋“有頂天”ホテル」かい!? いや「有」はいらないか。

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左の二等辺三角形は、少年野球の市大会の参加賞。
試合でプレーしたかどうかの記憶すらない代わりに
一つだけ思い出に残るのが、チームメイトが
当時出回り始めたポカリスエットについて
「スイカを薄めたような味」と評したこと。
飲んだことのなかった私は、あんまりおいしくなさそうだから
「おれはやっぱり砂糖入り麦茶だな」と思いました。

真ん中は祖母の旅行土産。っていうか何だろうこれ。ミニ椰子の実?
いずれにせよ白糸の滝とは全く関係ないような。
名前にボカシを入れていないのは、間違っているから。
おばあちゃん、孫の名前をなんで…と思ったが言えませんでした。
おばあちゃんは現在100歳過ぎ。

右のポルシェはたしか熱海旅行でハトヤホテルで買ってもらったもの。
カッコいいけどタイヤが回らないのが不満だった。じゃなぜ買う。

もう一つ、以前紹介したトランペットのキーホルダーと合わせ、
7点が今も手元に残っている。
自宅か自転車のカギにどれかつけてみようかなとも思うのだが、
バックル?の部分が簡単に外れてなくしてしまいそうなのでやめておこう。
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by umit20070209 | 2008-09-10 23:49 | お宝

LOT No.0068 なめ猫免許証2

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以前紹介した「なめ猫免許証」のもう一つが見つかりました。
…しかしどうだろうこのネーミングセンス。
バッタもんとはいえ、ねぇ。
タモリのままじゃまずいし、何か苗字っぽいのを考えたのだろうけど、
「タムシ」と「タモリ」じゃ一文字しか合ってないし。

「ニャゴヤ市」や「イグアナ町」はタモリが昔ネタにしていた
名古屋弁やイグアナのモノマネから来てるんでしょう。
…「ニャカ州」は、タモリの出身である九州か、博多の中洲からかも。
九州産業大学ってあるなそういえば。

眼帯(サングラスじゃないなどうみても)も
「笑っていいとも」出演まではトレードマークだった。
(ちなみにいいともは昭和57年スタート)

生年月日から免許交付日までが約5ヶ月。猫だからなあ。

写真をよおく見たら、鉢巻に「タモリン」って書いてあるのを発見。
クレームが来た時のいいわけ用かな。
「うちのはタモリじゃなくて、タモリンですよ」みたいな。
そのくせプロフィールと整合性がとれていないのが、
まさにバッタもんの証ですね。
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by umit20070209 | 2008-08-08 11:06 | お宝
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今じゃすっかり縁遠くなったカセットテープ…
と世間一般ではされているものの、
実はうちではつい最近までかなり濃い付き合いをしていた。
仕事で有名無名の人たちにそれぞれお話を伺う機会、
つまりインタビュー用の記録媒体として、
10年くらい「テレコ」と一緒に使い続けていた。
いまや主流のICレコーダーがイマイチ信用しきれず、
「誤操作で内容が消去されたらヤダ」と拒み続けていたが、
今年に入り、USBでパソコンと接続して簡単に再生・保存できるモノが
出ていることを知り、ついに購入。
使ってみたら音質はいいし、軽いし、かさばらないし、
再生箇所を瞬時に変えられたりと、とにかく便利。
2008年の『買ってよかった大賞』の最有力候補です。

閑話休題。

大きいほうのテープのインデックスシートに
「308」とレタリング(懐かしい!)してあるが
これは「3年8組」を示している。
中学時代の話。
卒業間際の頃に制作され、
「クラスメイトからのメッセージ」が吹き込まれている。
1年間の学校生活を振り返ったり、未来の自分を予想したり、
基本的には何を喋ってもよかったと思う。

二十数年ぶりにちょっと聞いてみた。
二十数年ぶりにその存在を思い出した、
クラスメイトの若々しい声が懐かしくもあり、気恥ずかしくもあり。
どうやら出席番号とは関係なく録音されているようで、
数分聞いただけでは自分の声にはたどり着かなかった。

何を話したかほとんど覚えていないが、
出だしの挨拶だけは今もはっきりと覚えている。

「皆さんこんにちは、松平定信です」

当時はややウケだったような気が。

もう一つのマイクロカセットテープは、
大学時代の途中から社会人の初期まで使っていた、
留守番電話のメッセージ録音用のもの。
何が残されているのかまったくわからない。
聞いてみたい気がするが、
そのためにわざわざ再生機器を入手するのかと思うとちょっと。
レンタルとか中古とかあるのか、気が向いたら調べてみよう。

最後にオマケを。
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ノーマル、ハイ、メタルってのが懐かしい。
たしか他のメーカーでは「クローム」とか「タイプⅡ」とかいう呼び方をしていたような。

ちなみに私のお気に入りは「AR」でした。何となく。

ちなみに調べてみたらTDKの社名のルーツは
Tokyo Denki Kagaku」工業株式会社の略だそうです。
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by umit20070209 | 2008-07-14 07:43 | お宝

LOT No.0064‐65 会員証

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むかしむかし、「IT」、「個人情報保護法」という言葉がなかった時代。
「ICチップ」もなかったし、「バーコード」すら普及してなかった頃。
レコードのレンタルや図書館の本の貸し出しには、こんなカードが使われてた…
と思うとまさに隔世の感。
つい最近、友人と「インターネットがなかった頃の暮らしが思い出せない」
というような話をしましたが、それも然り。
昭和は遠くなりにけり。

でもって、まず左の黄色いカード。
ボール紙でできてます。
本の裏表紙の裏側に、貸出日付をスタンプで記録するカードが挟み込んであって
本を借りている間はそれをこの「貸出券」に入れて図書館側が管理し、
返却時に本と引き換えに券が返却されるシステムだった。
有効期限は1年間。けっこうめんどくさいな。
裏面に記載された注意書きによれば、
貸出冊数は1回につき2冊。少なっ。
さらに、「(返却が)遅れたときは、その日数だけ貸出しが停止されることがあります」
とけっこう厳しい。
正直、学生時代に学校以外の図書館で本はあまり借りなかった。
もっぱら夏休みの勉強のために、というかエアコン目当てで利用してた。

ちなみに、これよりもさかのぼって小学生時代、
学校の図書館で本を読んだり借りたりするときは、
厚さ2センチくらいの木の板にビニールテープを貼って、
そこにクラスと名前を手書きした「貸出しプレート」を使っていた。
本棚から本を抜いたらそこにその板を替わりに差し込んでおく。
シンプルだけどわかりやすい。今もどこかでやってるところあるのかな。

そして右の青いカード。
今はなき、レンタル"レコード"ショップのメンバーズカード。
図書貸出券とほぼ同時期のものと思われる。
実家の建物の一部をテナントとして賃貸していて、
そこに入っていたのが、この「レコードレンタル505」だった。
10坪もない小さな店だったが、レンタルショップとしてはかなり早い時期に
できた店だったと思う。
KUWATA BANDの「BAN BAN BAN」とか「スキップ・ビート」とかを
借りた記憶があります。一泊100円くらいだったかなぁ。

中学生の頃にオープンして、CDが普及し始めた高校時代に閉店したはず。
閉店時に、すべてのレコードを販売して、その日は朝から店の前に
行列ができたことを覚えている。
実はその前夜、店の経営者の好意で先に買わせてくれることになった。
たしか、マドンナのアルバムや、なんとなくジャケットが気に入った
メンデルスゾーンのオーケストラアルバムなんかを買ったと思う。
クラシックなんかまるで興味なかったのに。
店の人にカッコつけたかったんでしょう。
ちなみに今も手元に一つだけ残るのは、KUWATA BANDの「ONE DAY」。

どうでもよい話だけど、「スキップ・ビート」は長くカラオケの十八番でした。
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by umit20070209 | 2008-07-07 19:45 | お宝
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入手したのはたしか小学校高学年。
ってことは今から三十年近く前。うわぁ恐ろし。
社会科見学として地元の伝統工芸の見本市みたいなイベントを訪れた際、
製作実演をしていたおじさんにいただいた。

見てわかるように製作途中のもの。
塗装済の完成品を一人の児童にプレゼントしたら、
我も我もと押しかけて、あっという間に配りつくし、
しまいには未完成のものまで配る羽目に。
最後の最後にゲットしたのが僕でした。
実に気前のよい職人さん、でも相当あせっただろうな。

もらった当時はそりゃあ嬉しかった。
お宝として大事に大事にしてました。
・・・ヨーヨーが大の苦手でほとんど使用しなかったコトも
保存状態の良さにつながっているんだけど。

そういえば去年か一昨年に発売された
コカコーラの復刻ボトルのおまけに
ヨーヨーが付いていたので、試しに購入してみた。
子どもの頃にできなかったことが、
大人になったら意外と簡単にできるようになっていて嬉しくなった、

…みたいなことはまったくありませんでした。
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by umit20070209 | 2008-06-30 19:17 | お宝
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見ての通りのピカチュウ。可愛らしい。
高さ約8センチの手乗りサイズで愛くるしい。
とはいえポケモンが世に登場した頃には既に20代後半。
ゲームソフトもTVアニメもハマるような年頃はとっくに過ぎていた。
ではなぜ購入したか。
それはこの玩具が持つただ一つの機能に惹かれたからだ。
分かりやすく言えば「二者択一助言機能」。分かりやすくないか。
音に反応するセンサーが内蔵されていて、
近くで発せられた声や音に対して2種類の応答をする。
一つは明るく弾んだ鳴き?声で「ピカピカ、ピカチュウ」、
もう一つはいかにも不満げに「ピ~カ~ピ~カ~」と訴えかける。
前者が「YES」ないしは「OK」、後者が「NO」「NG」と判断できる。
どちらの応答になるかは完全にランダム。実はそこがミソだ。
「明日晴れるかな?」から「この仕事向いてないかな?」まで
ありとあらゆる問いに対して簡にして要を得た「お告げ」をもたらしてくれるのだ。
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雑誌で取り上げられているのを見てどうしても欲しくなりまもなく入手した。
正直、1週間くらいで飽きてしまったがそれなりに楽しんだ。
実はこれが気に入ったのにはわけがある。
中学・高校時代に熱中した星新一のショートショート中に
この玩具と同じ「二者択一助言機能」を持った装置が登場する話があったからだ。
その装置はもっと大型で高価で、内蔵された最新のスーパーコンピュータが
質問をあらゆる角度から綿密に分析した上で
「そうすべきである」「それはしないほうがよい」とアドバイスする。
優柔不断な主人公はこの装置のお陰で迷いがなくなり、
仕事では出世を重ね、幸せな家庭を築き、人生大成功。
ある日、装置の中身が気になり覗いてみると…
そこには複雑なコンピュータなどは一切なし。
いわゆる「コイントス」で回答が決められていたことを知る…。
最後のオチは伏せるとして、だいたいこんなストーリーだった。
このピカチュウはまさにその話で登場した装置を現実化したものと言える。

1000話以上ある星新一のショートショートのうち、
900話以上は読んだと断言できるほど熱中した当時。
懐かしくて即「ゲットだぜっ!」となりました。

ちなみに星新一はここ2~3年人気が再燃してるとか。
マンガ化されたり、最近はNHKでアニメ化もされている。
たま~に読みたくなるがそこはじっと我慢。
もっと歳をとってから、ストーリーの記憶がほとんど消えてしまってから、
新たに全集を入手して新鮮な気持ちで読もうと決めているからだ。
今から楽しみでしょうがない。
でも未だ記憶が鮮明で、タイトルを聞けばあらすじが言える作品がたぶん数百ある。
青年期に持っていた文庫はそれぞれ10回以上は読んだからなあ。

あ、言い忘れたけどこのピカチュウ、
YESの時には首をタテに、NOの場合はヨコに振ります。
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by umit20070209 | 2008-05-22 23:05 | お宝

LOT No.0059‐61 ミニカー

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男子たるもの、ミニカー遊びはいわば通過儀礼。
最盛期には数十台を所有していたと思う。
ただし、3歳年上の兄からのお下がりが大多数を占めていたが。
最初に買った(買ってもらった)のは、たしかロータス・エスプリだった。
70年代のジャンプ漫画「サーキットの狼」の主人公・風吹裕矢が乗っていた、
ロータス・ヨーロッパの兄弟車で、ハッチバックのもっさりしたデザイン。
なんでそれを選んだのか今でもよく分からない。
手に入れてはみたものの、あんまり気に入らず、
遊ぶ時にはいつも“悪もんの逃走車”の扱いだったと思う。

おもちゃ屋のガラスショーケースの中にずらりと並んだ
トミカのミニカーシリーズは、見るたびに心を躍らせていた。
当時は1台240円だったと記憶する。
そういえばクリスマスの朝、枕元の靴下の中に
ミニカーが入っていたこともあったなぁ。
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そして今に残るこの3台。
たぶんすべて兄のお下がりだと思う。
随所についたキズはよく遊んだ証。
今気づいたけど、日本車、アメリカ車、欧州(イタリア)車と
バランスの良いセレクトになっているなあ。
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あれから20余年。
ミニカーへの情熱は弱火ながらも絶えることがない。
ただし、トミカはディテールが雑なので対象外。
今はドイツのSCHUCO社のPICCOLOシリーズを
自分への誕生日プレゼントとして、1年に1台ずつ買い集めている。
やや小ぶりでズシリと重く、素朴で温かみのあるフォルムが特徴。
何となく立寄ったミニカー専門店で見つけて以来、どうしても欲しくなり、
6年前から地道に購入し続けている。
でも高い。1個2000円以上もする。
だから1年に1個と決めている。
じれったいけど、まぁこのペースでちょうどいいのかなと。じれったいけど。

ちなみにこの購入費用、かみさんからのリクエストに応じて
全身マッサージをした際にもらえる
「お駄賃」をコツコツ貯めたものものから捻出している。
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by umit20070209 | 2008-05-05 00:10 | お宝

LOT No.0058 ガラス玉

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見ての通りの玉。
記憶をほじくり返してみたが、いつどうやって入手したのかどうしても思い出せない。
隣の小さい陶製カップは高校の理科実験室から勝手に戴いたもの。
なにかの実験で使うものだが、玉入れとしてジャストサイズ。
転がりやすい玉をきちんと収納しておける!と喜んでパクった記憶がある。
すいません。もうしません。
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大きさはこんなもんです。
なんてことはないただのガラス玉。なんの目的で作られたかは知らない。
でもなんか気に入ってる。しいて理由を挙げると手のひらサイズで真ん丸いところ。
といってもお宝箱にずっと入れっぱなしで、
鑑賞するわけでもなく、手のひらで転がすわけでもなく。
まあ生きてるうちになにか使い道を見つけ…別に使わなくていいか。
例えばこれに合うミニ座布団を入手して、
玄関脇かどこかにディスプレイしたらどうだろう。開運グッズみたいな感じで。
なにかの宗教に間違われるかな。
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by umit20070209 | 2008-04-26 22:53 | お宝
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でもって3年生時代。
予定どおり「私立文系」に進み、学生生活12年目にして数学からようやく開放。
エネルギーの注ぎ先が絞られたせいか、全体に成績がアップ。少しだけど。
現国と日本史は、テストの点数を見るのが楽しみでした。
化け学はどうせ受験に関係ないからまるでやる気なし、
古文は数学的な暗号解読みたいで大嫌いだった。
「評定平均」ってコトバ、懐かしいなあ。
3年次の担任とは相性良くも悪くもなし。
向こうも関心が薄かったらしく、通信欄のそっけなさが物語っている。
ん?2学期の「最期の頑張り」って死んじゃうのかよっ!って今気づいた。
図書委員の記憶全くなし。副総代なんてやったかなぁ。
ちなみに中学3年生の時、クラス委員長にあたる「代議員」や
生徒会長の選挙管理委員長を務めたことも。
人望や話をまとめる能力がまるでないくせに、
そういうかっこよさげな肩書きを持つのが好きだった。恥ずかしい。
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英語ⅡCって何だっけかな。いやBも。
たぶん、文法の授業だったのかな。
これも暗号解読みたいでやだったのだろう。たぶん。
美術部部長のくせにあえて書道を選択したところを見ると、
入学時に秘めていた情熱は完全に冷め切っていたとみえます。
出席率は3年次もかなり高し。3年間で2日しか休んでないぞ俺。
そんなに学校が好きだったかなあ。
まあ、大した悩みも励みもなく、目立つこともせず、
浮き足立ったこともせず、ただ無難に過ごした結果ではないかと。

大学受験では数打ちゃ当たるで5校受けた。
このうち合格したのが第2希望と補欠の第4希望。
最初に受けた第5希望の大学から不合格通知が来たときは凹んだなあ。
慣らし受験みたいなつもりでかなり偏差値の低いところをあえて受け、
当日の手ごたえもばっちり。受かっても入学しないだろうなとか
調子こいてただけに、失意の深さは相当なものだった。
第5希望に落ちたんだからそれよりレベルの高いところに
受かるはずないとかなり落ち込んだ。
実際、浪人を覚悟し、予備校のパンフを入手したり。
そんな末での第2希望合格。そりゃあうれしゅうございました。

とはいえ受験勉強は真剣さがかなり欠けていたのが事実。
推薦入学や就職が決まっていた同級生達と連日呑気に草野球してたし。
徹夜勉強するために帰宅後すぐ寝て夕食食べてまた寝て
そのまま朝までぐっすりのパターンもかなりありました。
まあ20年近く経った今でも睡眠至上主義だけど。

とにもかくにもよく合格したもんだ。
正直手応えはまるでなかったし、
マークシート問題の何割かは確実に当てずっぽうだった。
よほど運がよかったとしか思えないが、運も実力の内とポジティブシンキングし、
合格通知受け取り後は速攻で入学手続きしてもらいました。

その後は卒業まで勉強なんてもちろん一切しないし、
遊び回るわ、だらだらするわ、寝まくるわの放蕩三昧。
そんなある日、当時同居していた6歳年上の姉から、
「アンタはものすごく運がよくて受かっただけ。いつか大きなしっぺ返しを喰うよ」
と真顔で諭されたことを思い出す。

戻れるのなら戻りたいかと聞かれたら、
別に、戻りたくないという感じの高校3年間。
あ、ただ、学食のカレーとカツ丼はぜひもう一度食べたい。
あと、アンバターパンとブリックパックのコーヒー。は今もあるか。
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by umit20070209 | 2008-04-13 23:36 | お宝